東京地方裁判所 昭和52年(ワ)2522号 判決 1979年3月08日
原告
渡辺宜信
右訴訟代理人弁護士
秋山幹男
同
久保田康史
被告
スーパーバッグ株式会社
右代表者代表取締役
福田貞雄
右訴訟代理人弁護士
高島良一
同
高井伸夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者双方の求めた裁判
一 原告
1 原告が被告に対して労働契約上の権利を有することを確認する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文と同旨
第二当事者双方の主張
一 原告の請求の原因
1 被告は、紙袋等の製造、販売を主たる業務とする株式会社であって、埼玉県所沢市三ケ島二六〇二に所沢工場を設置しているほか、日本国内の各地に支店及び営業所を設置しているものであるところ、原告は、昭和四九年一一月五日、被告との間に、その臨時従業員としての労働契約を締結し、さらに昭和五〇年三月一日、その正規従業員(本採用の従業員)に採用されたものであって、臨時従業員の当時から所沢工場製造部製造一課の業務に従事していたものである。
2 ところが、被告は、昭和五一年八月六日付で原告を懲戒解雇したと主張して、その後、原告を被告の従業員として処遇することを拒否している。
3 よって、原告は、原告が被告に対して労働契約上の権利を有することの確認を求める次第である。
二 請求原因に対する被告の認否
請求原因1及び2に記載の事実はすべて認める。
三 被告の抗弁
1 懲戒解雇の抗弁
(一) 少なくとも昭和四九年一一月五日から昭和五一年八月六日までの間の被告の就業規則第四一条には、「懲戒事由に該当するとき又は該当すると認められるときは情状に照らし次の懲戒処分を行う。」との規定があり、同第四二条には、「懲戒は譴責、減給、停職懲戒、解雇の四種とし次の通りとする。1、……3、(いずれも省略)4、懲戒解雇は予告期間を設けないで即時解雇する。」との規定があり、同第四三条には、「次の各号を懲戒事由とする。1、……15、(いずれも省略)16、経歴を詐りその他の詐術を用いて雇用された場合。17、……21、(いずれも省略)」との規定があった。
(二) ところで、原告は、次のとおり、その経歴を詐称して、被告と労働契約を締結したものである。
(1) 原告は、昭和四一年三月静岡県立富士高等学校を卒業した後、同年四月静岡大学工業短期大学部電気料(夜間部、三年制)に進学し、昭和四四年三月に同大学を卒業しているにもかかわらず、原告が昭和四九年一〇月二四日労働契約申込みの際に被告に提出した履歴書には、学歴として、右高等学校卒業までの事項を記載し、右大学卒業の事実を記載せず、その後に被告が行なった採否決定のための面接の際にも、右高等学校卒業が最終学歴である旨陳述して、原告が右大学を卒業している事実を秘匿した。
(2) また、原告は、右大学を卒業した後、昭和四四年四月から昭和四八年一月まで株式会社シバソクに、昭和四八年六月から同年一〇月までスナック・スワンに(但し、アルバイトとして)、その後共栄企画に、それぞれ雇用されて勤務しているにもかかわらず、原告が被告に提出した前記履歴書には、職歴として、昭和四四年四月にCOM造形社を設立して現在に至る旨を記載して、株式会社シバソク等に勤務した事実を秘匿し、その後に被告が行なった面接の際にも、右履歴書に記載の職歴が真実である旨陳述した。
(3) その結果、被告は、原告の学歴及び職歴に関する右履歴書の記載事項及び面接の際の陳述がいずれもそのとおりであると誤信して、その後、請求原因1記載の労働契約を締結したものである。
(三) しかも、原告の経歴の詐称が被告との労働契約の締結及びその後の契約関係に及ぼす影響は、次に述べるとおり、非常に重大である。
(1) まず、被告が契約締結の前に原告の真実の学歴を知っていたならば、被告は、原告との労働契約を締結しなかったものである。すなわち、
(イ) 被告は、その所沢工場において、百貨店、スーパーマーケット等で買物品の包装、収納用に使用する紙袋等を製造しているものであるが、その製造に当っては、ゴム板を使用する簡易な印刷装置と紙袋を角型状に成型する製袋装置とが連結して作動する構造の印刷製袋機を運転、操作する作業を行なっており、その作業担当者を通常オペレーターと呼んでいる。そして、このオペレーターの作業の主な内容は、巻取状の幅の広い紙を印刷装置にかけること、インクの色を仕上規格に合わせること、仕上規格に合わせて製袋装置の成型調整を行なうこと、仕上規格に合うように印刷装置と製袋装置の運動調整運転を行なうこと、試作品を見ながら微調整を行ない、仕上規格に合った製品ができるようになれば、機械の回転速度を徐々に増大させること、機械の回転速度が所定の速度に達し、製品が安定するようになれば、巻取紙、インク、糊等の補充を行ないながら、機械の運転を監視することであって、特別の知識や技術をそれほど必要としない比較的単純なものであった。しかし、機械にはそれぞれのくせがあるため、オペレーターは実際の運転経験によりその技術を体得することが必要とされ、その技能は技術指導、習得の過程で逐次伝承されてゆくものであって、これを一応習得するには二年間位の経験を必要とする。
(ロ) 以上のようなオペレーターの作業の性格からみて、オペレーターに期待されるものは、理論的な知識ではなくして、単純な作業に飽きずに根気よく年月をかけて技能を習得するという耐久性であるが、一般に高学歴者はこのような耐久性に乏しい。また、このようなオペレーターとしては、なるべく若い年齢の者を採用した方が、技能の上達が早いし、職場への定着性も高い。そこで、被告は、従来、オペレーターの従業員には新制の中学校卒業以下の学歴の者のみを採用していたが(但し、例外的には、縁故者で新制高等学校の卒業者も若干採用した。)、昭和三六年以降は、新制中学校卒業者の就職希望者及び適格者が減少したので、新制高等学校の卒業者をも併せて採用することにした。しかし、それを超える学歴の者は採用しないことにしていた。そして、現に被告の所沢工場では、オペレーターの勤務している製造一課から製造四課までの従業員は、本社から派遣されて工場におけるインクの調色改善の特殊業務を担当している技術系管理職員の一名(同人は新制大学の卒業者である。)を除き、全員が新制高等学校卒業以下の学歴の者で構成されており、工場長、製造部長も同様の学歴者である。
(ハ) 以上のとおり、被告は、学歴が新制高等学校卒業以下であることをオペレーター従業員の採用条件としていたものであるところ、被告は、所沢工場のオペレーターとして採用するために原告と労働契約を締結したのであるから、もしその契約締結の前に原告が静岡大学工業短期大学部を卒業していることを知っていたとすれば、原告との労働契約を締結しなかったことは明らかである。
(2) しかも、原告は、学歴が新制高等学校卒業以下の者でなければ被告がオペレーター従業員として採用しないことを知っていながら、意識的に前記のごとくその学歴を詐称したものである。すなわち、
(イ) 被告は、昭和四九年一〇月、所沢公共職業安定所にオペレーターの求人の申込みをしたものであるが、その際、当時同安定所で使用していた公開用求人カードの求人条件の学歴欄に不動文字で印刷されている「中、高、短大、大、その他」のうち中、高の文字のみを丸印で囲み、学歴が新制の中学校または高等学校の卒業者であることがオペレーターの求人条件であることを明示していた。そして、この公開用求人カードは、被告以外の求人申込者の作成した公開用求人カードと共に右安定所の入口にあるケースに展示されていたところ、原告は、この公開用求人カードを見たうえ、被告に対し、オペレーターとしての労働契約締結の申込みをしたものである。
(ロ) また、被告の所沢工場事務課係長の牧野福松は、昭和四九年一〇月二三日ごろ、原告から電話で求人条件について質問された際、オペレーターの学歴は中学校または高等学校の卒業者に限る旨答えている。
(ハ) さらに、その後に被告が行なった採否決定のための面接の際にも、所沢工場事務課長の西窪治が原告の学歴について、富士高校は進学校であるが、原告は大学へ進学しなかったのかと質問したのに対し、原告は、経済的な理由から進学しなかったと答えている。
(ニ) 以上の事実からすれば、原告の学歴の詐称が極めて意識的なものであることは明らかである。
(3) さらに、原告は、前記短期大学卒業という重要な学歴を詐称したのみならず、その後の職歴をも詐称しているが、職歴、すなわち学校卒業後どのような職に就いたか、何回職を変えたか、またはどのような期間職に就かないでいたかということは、学歴と並んで契約申込者の技能、人物等を判定するための重要な要素である。そこで、被告も、原告の場合のような中途採用者と労働契約を締結する際に使用する臨時雇用契約書には、被告に提出した身上申告書(特に前職歴事項)に記載してある事項と相違する事実が判明したときは、契約を解除する旨を特記しているのである。
しかるに、原告は、昭和四四年四月から昭和四九年一〇月までの間に、三度も職を変え、そのうちにはスナックでのアルバイトもあり、また、その間無職の時期もあったにもかかわらず、被告との契約締結の際、これらの事実をすべて秘匿していたのである。わが国の雇用の実態からすれば、労働者が同一の使用者のもとで比較的安定した雇用関係を継続するのが通常であるから、もし被告が事前に右のような原告の職歴を知っていたとすれば、被告は、原告が職を転々とした理由について納得すべき説明を受けない限り、その人物には何か異常なものがあるとして、その採用を躊躇したであろうことは明らかである。
従って、原告の経歴の詐称は、被告の原告に対する人物評価を誤らしめる重大な経歴の詐称であったというべきである。
(四) そこで、被告は、昭和五一年八月六日、原告に対し、前記の経歴詐称が就業規則第四三条第一六号、第四二条第四号所定の事由に該当するとして、同日付で原告を懲戒解雇する旨の意思表示をした。
2 詐欺による契約取消しの抗弁
(一) 右1の(二)及び(三)で述べた事実関係からすれば、被告は、契約の締結前に原告の真実の学歴を知っていたならば、原告と労働契約を締結しなかったものであり、また、契約の締結前に原告の真実の職歴を知っていたならば、簡単な面接だけでは原告と労働契約を締結しなかったものであるにもかかわらず、原告は、被告との労働契約の締結に際し、右1の(二)で述べたとおり学歴及び職歴を詐称して、それが真実であるかのように被告を欺き、その旨被告を誤信させたうえ、請求原因1に記載の労働契約を締結させたものというべきである。従って、被告は、右労働契約承諾の意思表示を取り消すことができる。
(二)(1) ところで、継続的な契約関係である労働契約においては、契約承諾の意思表示の取消しの効果は将来に向ってのみ生じるものと解すべきであるから、被告が原告に対してなした前記の懲戒解雇の意思表示には契約承諾取消しの意思表示の趣旨も含まれているというべきである。従って、被告は、昭和五一年八月六日、原告に対し、原告との労働契約承諾の意思表示を詐欺を理由に取り消す旨の意思表示をもしたものと解すべきである。
(2) 仮に右(1)のように解することができないとしても、被告は、昭和五二年四月二一日の本件口頭弁論期日において、原告に対し、原告との労働契約承諾の意思表示を詐欺を理由として取り消す旨の意思表示をした。
四 抗弁に対する原告の認否
1(一) 抗弁1の(一)に記載の事実は認める。
(二) 抗弁1の(二)に記載の事実のうち、原告の昭和四一年三月以降の学歴及び職歴が被告主張のとおりであること(但し、原告がスナック・スワンに勤務したのは昭和四八年六月から同年八月までであり、原告が共栄企画に勤務したのはアルバイトとしてであった。)、原告が昭和四九年一〇月被告に提出した履歴書の記載事項が被告主張のとおりであって、その主張するような学歴及び職歴を記載していなかったことは、いずれも認めるが、その余の事実は否認する。
(三)(1) 抗弁1の(三)(1)の冒頭に記載の主張は争う。(1)の(イ)に記載の事実のうち、オペレーターの作業が特別の知識や技術をそれほど必要としない比較的単純なものであったという点は争うが、その余の事実はすべて認める。(1)の(ロ)に記載の事実は争う。(1)の(ハ)に記載の事実のうち、被告が所沢工場のオペレーターとして採用するために原告と労働契約を締結したものであることは認めるが、その余の事実は争う。
オペレーターの作業は、だれにでもできる単純な作業ではなく、複雑な精密機械を運転、操作、管理する作業であって、被告も主張するとおり、その技能を習得するには長い年月を必要とする。そして、この技能を習得するためには一定の知識と理解力がなければならない。従って、オペレーターとしては、機械に関するより多くの知識と理解力とを有する者の方が適格性が高いというべきであり、一般的には高等学校以下の卒業者よりも大学卒業者の方が適格性が高いというべきである。また、高学歴者は根気よく技能を習得する耐久性に乏しいという考え方は全く理論的根拠がない。現に被告は、オペレーターよりももっと単純な作業と考えられる製品の検査、包装の作業に学生アルバイトを歓迎しているが、このことは、オペレーターの学歴制限に関する被告の主張が全く根拠を有しないものであることを端的に証明している。
なお、一般に学歴の詐称が問題になるのは、学歴を実際よりも高く詐る場合であって、大学卒業者が高等学校卒業者であると学歴を実際よりも低く申告する場合は、これを問題にする余地がないはずである。けだし、大学卒業者は高等学校卒業者と同程度以上の学識、能力を有しているのであるから、使用者が大学卒業者を高等学校卒業者として採用しても、使用者にとっては何ら不都合はないはずであるからである。また、一般に短期大学の卒業者であるが故に現場の労働者として不適格であるとはいえない。近年においては、大学進学者が激増し、高等学校卒業者の四割以上が大学に進学するのが実状であって、短期大学の卒業者のみならず、四年制大学の卒業者でも、いわゆるブルーカラーとして工場等の現場の労働に従事する者が多くなっているからである。まして、原告のように昼間働きながら短期大学の夜間部を卒業した者が現場の労働に不適格であるとは決していえないのである。
(2) 抗弁1の(三)(2)の冒頭に記載の主張は争う。(2)の(イ)に記載の事実のうち、原告が所沢公共職業安定所の紹介により被告の求人に応じたことは認めるが、その余の事実は否認する。(2)の(ロ)に記載の事実は否認する。(2)の(ハ)に記載の事実のうち、原告が労働契約締結の前に被告の面接を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。(2)の(ニ)に記載の主張は争う。
原告が右安定所を通じて示された被告の求人の条件は、学歴は新制の中学校卒業以上というものであって、新制の中学校または高等学校の卒業者に限るというような制限は全くなかった。また、原告が電話で被告にオペレーターの学歴について質問したことはないし、原告が被告の面接を受けた際にも学歴の制限についての話は全くなかった。
(3) 抗弁1の(三)(3)に記載の事実のうち、原告が昭和四四年四月から昭和四九年一〇月までの間に三度職を変えたこと、その間スナックでアルバイトをしたり、無職の時期もあったりしたことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。
(4) 原告が昭和四九年一〇月被告に提出した履歴書に原告の学歴及び職歴を正確に記載しなかったのは、次のような理由による。
(イ) 原告は、昭和四九年四月に友人と共同でCOM造形社を設立して、樹脂造形の事業を開始したが、折からの石油ショックの影響を受けて、同年一〇月には同社を解散するのやむなきに至り、職を失った。そこで、原告は、いろいろ就職先を探し、被告の求人に応ずる以前に他の三社の求人に応募したが、履歴書に職歴として株式会社シバソクでの勤務のことを記載すると、ことごとく採用を断わられてしまった。これは、後記の不当労働行為の抗弁中で述べるとおり、原告が株式会社シバソクに勤務していた当時活発な労働組合運動を行ない、争議行動にも参加したことが所沢地区では知れ渡っているためであると、判断せざるをえなかった。そこで、原告は、被告の求人に応募するに当っては、株式会社シバソクでの勤務を秘匿する以外にないと考え、これを履歴書に記載しなかったものである。なお、原告のスナック・スワン及び共栄企画での勤務は、いずれもアルバイトにすぎなかったので、あえて記載するまでもないと考え、これを記載しなかったものである。
(ロ) また、原告が履歴書に静岡大学工業短期大学部卒業の事実を記載しなかったのは、原告が右大学在学中昼間は専ら同大学図書館に勤務していたので、その職歴だけを記載すれば足りると考えたのと、右学歴を記載すると、原告が株式会社シバソクに勤務していたことまでが被告に知られ、就職に不利になると判断したからである。
(四) 抗弁1の(四)に記載の事実は認める。
2(一) 抗弁2の(一)に記載の事実及び主張は争う。
労働契約のような継続的契約関係については、民法第九六条の適用はなく、詐欺を理由とする意思表示の取消しは認められない。仮にそうでないとしても、本件においては、原告には、被告を欺罔して錯誤におとし入れようとする故意も、その錯誤によって被告に労働契約を締結させようとする故意もなかったし、さらに原告の行為には違法性もなかった。また、原告は、被告との労働契約の締結後、被告の期待したとおりの労働力を提供していたのであるから、被告には錯誤がなかった。従って、本件においては、詐欺は成立しない。
(二) 抗弁2の(二)(1)に記載の主張は争う。その(二)(2)に記載の事実は認める。
五 懲戒解雇の抗弁に対する原告の主張及び再抗弁
1 経歴詐称と懲戒処分(主張)
(一) 懲戒処分は、使用者と労働者との間に労働契約が成立し、労働契約関係が継続している間に、労働者がその債務を履行せず、職場秩序を乱した場合にのみ許される処分であると解すべきであるから、労働契約の締結時に生じた理由にすぎない労働者の経歴詐称自体を理由として労働者を懲戒処分することは許されない。
(二)(1) 仮に労働者の経歴詐称を理由とする懲戒処分が許されるとしても、その経歴詐称のために、労働者の債務の履行に著しい障害が生じ、使用者が労働契約によって期待した労働力の提供を受けることができず、その結果、使用者の業務の遂行に現実的かつ具体的な支障が生じる場合でなければ、その懲戒処分は許されないものと解すべきである。
(2) ところで、原告は、昭和四九年一一月五日に被告と労働契約を締結してから昭和五一年八月六日に本件懲戒処分を受けるまでの約一年九か月間、所沢工場製造部製造一課の従業員(オペレーター)として勤務してきたものであるが、その間終始熱心に職務に従事し、その勤務態度や勤務成績においても何ら欠けるところがなく、職場の上司も原告のことを高く評価していたのである。原告は、臨時従業員としての労働契約締結後約四か月間で正規従業員に採用されているが、これは、被告が右の期間原告の勤務振りを観察した結果、原告が被告の従業員としての適格性を有することを確認したからにほかならない。そして、原告の学歴及び職歴の詐称によっては、原告の債務の履行や被告の業務の遂行には、全く支障が生じていないのである。
(3) 従って、少なくとも本件においては、原告の経歴詐称を理由として被告が原告を懲戒解雇することは許されない。
2 不当労働行為の抗弁(再抗弁)
被告が原告を懲戒解雇した真の理由は、原告がかつて株式会社シバソクに勤務していた当時活発な労働組合運動を行なった経歴を有するとともに、現に被告会社においても熱心な労働組合活動を行なっていたことを嫌忌して、原告を被告会社から排除し、その組合活動を封じようとするためであったというべきであるから、この懲戒解雇は、不当労働行為であって、無効である。すなわち、
(一) 原告は、昭和四四年四月株式会社シバソクに雇用されたが、その劣悪な労働条件を改善するため、昭和四六年八月一二日、その従業員らと総評全国金属埼玉地方本部シバソク支部労働組合を結成するとともに、その執行委員に就任し、さらに昭和四七年九月に執行委員の任期を終了してから翌四八年一月に右会社を退職するまでの間は職場委員となり、終始活発な組合運動を行なった。そして、その間、右労働組合は、春闘や夏季一時金闘争などの際に相当長期間にわたるストライキを含む争議行動を展開したが、この争議行動は、右会社の存在する所沢地区では著名なものであった。
(二) 原告は、昭和五〇年三月一日被告の正規従業員になると同時に、被告の従業員で組織する全国金属産業労働組合同盟埼玉地方金属スーパーバッグ支部に加入し、同年九月からは、製造一課の職場の職場委員に選出され、右組合の執行委員会の下部組織である職場委員会の一員となり、右職場における組合活動のリーダーとして活躍してきた。そして、原告は、春闘等の際の組合大会等において、しばしば発言をし、組合の団結と労働者の利益を護るための闘いを強化すべきことを組合員に訴えてきた。その結果、職場の組合員の原告に対する信頼が高まり、昭和五一年八月五日に公示された組合役員の改選選挙(同月一九日に投票)においては、製造一課の職場を選挙母体とする執行委員に原告を推挙しようというのが同職場の組合員の一致した意見となっていた。
(三) ところが、被告は、原告の株式会社シバソクでの組合運動歴を知り、かつ、原告の被告会社における熱心な組合活動を目の当りに見て、危機感を抱き、原告を被告会社から排除し、その組合活動を封じようとして、昭和五一年八月六日、原告に対し懲戒解雇の意思表示をしたものである。そして、右のような被告の意図は、被告が組合役員改選選挙の公示日である昭和五一年八月五日に原告を呼びつけて退職を迫り、その翌日に解雇の意思表示をしたことにも表われているし、また、被告の人事部長政村壮一や事務課長西窪治が原告に退職を迫り解雇の意思表示をした際に、同人らが原告に対し、原告の学歴が問題なのではなく、その株式会社シバソクでの組合活動歴が問題なのであるなどと言明したことからも明らかである。
(四) 従って、被告のなした原告に対する懲戒解雇は、労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為であり、憲法第二八条の趣旨及び公序良俗にも反するものであって、無効である。
3 懲戒権濫用の抗弁(再抗弁)
仮に原告の経歴詐称が一応懲戒事由に該当するとしても、懲戒解雇をもって処分すべき場合には当らないから、被告が原告に対してなした懲戒解雇は、懲戒権の濫用であって、無効である。すなわち、
(一) 被告の就業規則第四二条は、懲戒処分として譴責、減給、停職懲戒、解雇の四種の処分を定めているが、このうち解雇は労働者を企業から永久に放逐する処分であっていわば死刑に等しい極刑であるから、その処分を選択するためには、懲戒の対象となる事由が極刑に相当するだけの重大なものでなければならない。また、対等の当事者である使用者が労働者に対して右のような極刑を加えることが正当化されるのは、労働者の債務の履行に著しい欠陥があり、企業の秩序に現実的かつ重大な支障が生じている場合でなければならない。
(二) ところで、本件の場合、原告が被告に提出した履歴書の記載事項と原告の真実の経歴との間には一部の相違があったが、その経歴は労働契約締結の条件や重要な動機となる程のものではなかったし、その相違は労働契約の目的である労務の遂行に支障を生ぜしめる性質のものではなかった。しかも、原告は、被告との労働契約の締結後約一年九か月間、何らの支障もなくオペレーターの業務に従事し、被告自身も原告の勤務状況を高く評価していたのであって、右経歴の相違が原告の債務の履行や企業の秩序に障害を生ぜしめていた事実は全くないのである。
(三) 従って、原告の経歴詐称はいわば形式犯にすぎないものであるから、これに対して被告が懲戒解雇という極刑をもって臨むことは、その合理的理由がなく、著しく重きに失するものであって、正義に反する。よって、原告に対する懲戒解雇は、懲戒権の濫用というべきであって、無効である。
六 原告の主張及び再抗弁に対する被告の認否
1 原告の主張1の(一)に記載の主張及び1の(二)(1)に記載の主張はいずれも争う。1の(二)(2)に記載の事実のうち、原告がその主張の期間製造一課の従業員(オペレーター)として勤務し、臨時従業員としての労働契約締結後約四か月間で正規従業員に採用されたことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。その(3)に記載の主は張争う。
2 再抗弁2の冒頭に記載の主張は争う。2の(一)に記載の事実のうち、原告が昭和四四年四月株式会社シバソクに雇用され、昭和四八年一月同会社を退職したことは認めるが、その余の事実は知らない。2の(二)に記載の事実のうち、原告が昭和五〇年三月一日その主張の労働組合に加入し、同年九月ごろ製造一課の職場の職場委員に選出されたことは認めるが、その余の事実は知らない。2の(三)に記載の事実のうち、被告が昭和五一年八月五日原告に退職を勧告し、翌六日原告に対して懲戒解雇の意思表示をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。2の(四)に記載の主張は争う。
3 再抗弁3の冒頭に記載の主張は争う。3の(一)に記載の主張のうち、被告の就業規則第四二条が懲戒処分として譴責、減給、停職懲戒、解雇の四種の処分を定めていること、そのうち解雇が最も重い処分であることは認めるが、その余の主張は争う。3の(二)に記載の主張のうち、原告が被告との労働契約締結後約一年九か月間オペレーターの業務に従事したことは認めるが、その余の主張は争う。3の(三)に記載の主張は争う。
第三証拠関係(略)
理由
一 請求原因1及び2に記載の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二 ところで、被告は、抗弁として、昭和五一年八月六日付で原告を懲戒解雇したと主張するので、その主張について判断する。
1 まず、少なくとも昭和四九年一一月五日から昭和五一年八月六日までの間の被告の就業規則第四一条、第四二条及び第四三条に抗弁1の(一)に記載のとおりの規定があったこと、被告が昭和五一年八月六日原告に対し、就業規則第四三条第一六号、第四二条第四号所定の事由があるとして同日付で原告を懲戒解雇する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告につき就業規則第四三条第一六号所定の「経歴を詐り……(被告に)雇用された」という事由が認められるかについて検討する。
(一) まず、原告の昭和四九年一〇月以前の経歴(学歴及び職歴)について見るに、原告が昭和四一年三月静岡県立富士高等学校を卒業した後、同年四月静岡大学工業短期大学部電気科(夜間部、三年制)に進学し、昭和四四年三月同大学を卒業したこと、原告が右大学卒業後同年四月から昭和四八年一月まで株式会社シバソクに勤務し、その後昭和四九年一〇月までの間、スナック・スワンや共栄企画に勤務したり、無職の時期もあったりしたことは、当事者間に争いがない。そして、これらの争いのない事実と、(人証略)とを総合すると、次の事実が認められる。
(1) 原告は、昭和四一年三月静岡県立富士高等学校を卒業した後、同年四月から、静岡大学工学部図書館に事務員(但し、学生アルバイト)として就職し、昼間は同図書館に勤務するとともに、夜間は同大学工業短期大学部電気科(夜間部、三年制)に進学した。
(2) 原告は、昭和四四年三月、右短期大学部を卒業すると同時に、図書館勤務も退職し、同年四月から、所沢市所在の電子計測器メーカーである株式会社シバソク、当時の商号は芝電気測器株式会社)に就職し、電子計測器の設計、試作等の業務に従事したが、従来から絵画、美術造形等に興味を抱いていたので、その道に進むべく、昭和四八年一月右会社を自発的に退職した。
(3) 原告は、その後、研究所に入るなどして絵画、美術造形等について勉強するかたわら、生活費を得るため、昭和四八年六月から同年八月まで所沢市所在のスナック・スワンに、さらに同年一〇月から昭和四九年三月まで美術造形を業とする共栄企画に、いずれもアルバイトとして勤務した。
(4) 原告は、昭和四九年四月に共栄企画が倒産したのに伴い、そこで知り合った友人二名と共にCOM造形社なるものを設立して、樹脂造形の事業(プラスチック製の椅子、テーブルなどを造る事業)を開始したが、石油ショックなどの影響を受けて事業が振わず、早くも同年一〇月には、この事業を中止した。もっとも、原告が、COM造形社なるものによって、どの程度の規模の事業を行なっていたかの点は、明らかでない。
(5) そこで、原告は、生活のため再び就職する必要に迫られ、昭和四九年一〇月、所沢公共職業安定所の紹介により、被告からのナペレーターの求人の申込みに応募した(このうち、原告が所沢公共職業安定所の紹介により被告からの求人の申込みに応募したことは、当事者間に争いがない。)。
(二) 次に、原告が被告と労働契約を締結するに当り自己の経歴をどのように詐称したかについて見るに、原告が昭和四九年一〇月二四日労働契約申込みの際に被告に提出した履歴書には、学歴として、高等学校卒業までの事項は記載したが、大学卒業の事実は記載せず、また、職歴として、昭和四四年四月にCOM造形社を設立して現在に至る旨を記載して、株式会社シバソク等に勤務した事実を記載しなかったこと、原告が所沢公共職業安定所の紹介により被告の求人に応じたこと及び原告が労働契約締結の前に被告の面接を受けたことは、いずれも当事者間に争いがない。そして、これらの争いのない事実と、(証拠略)とを総合すると、次の事実を認めることができ、この認定に反する原告本人尋問の結果の一部は、その余の右各証拠と対比して採用することができない。
(1) 被告会社では、昭和四九年当時、所沢工場製造部の業務に従事するオペレーターは後記認定のとおり新制の中学校または高等学校の卒業者から採用することにしていたが、少数の縁故採用者を除くその余の者の採用方法としては、毎年四月に行なう定期採用の場合は、中学校または高等学校に求人の申込みをし、また、必要に応じて随時行なう中途採用の場合は、所沢公共職業安定所に求人の申込みをする方法を採っていた。そして、右安定所に求人の申込みをする場合には、同安定所に備付けの求人票及び公開用求人カードに所定の事項を記入してその申込みを行なっており、昭和四九年一〇月当時同安定所で使用していた公開用求人カードの様式は(証拠略)のとおりであった。
(2) 被告は、昭和四九年一〇月ごろ所沢工場のオペレーターとして若干名の中途採用をする必要が生じたので、同月一六日、右に述べたような方法で右安定所に求人の申込みをしたが、その際同安定所に提出した求人票及び公開用求人カードの職種欄には「オペレーター」と記入し、求人条件としての学歴欄に不動文字で「中、高、短大、大、その他」と印刷されたところは中、高の文字のみを丸印で囲んでいた。そして、この公開用求人カードは、被告以外の求人申込者の提出した公開用求人カードと共に、右安定所の入口にあるケースに展示されていた。
(3) ところで、原告は、同年一〇月下旬、右安定所で右公開用求人カードを見たうえ、同安定所の紹介によって、被告にオペレーターとしての労働契約締結の申込みをしたものであるが、まず、同月二三日ごろ、被告に電話をかけて、求人条件や労働条件等についての問合せをした。この電話を受けた被告の所沢工場では、求人事務担当の事務課長西窪治がたまたま不在中であったので、その補佐役で窓口業務を担当していた事務課係長の牧野福松が、原告からの問合せ事項について簡単に応答するとともに、なるべく早く来社するように促した。そして、牧野福松は、その際、求人条件たる学歴については、中学、高校の卒業生に限ることを明答した。
(4) 原告は、同月二四日午前中、自ら作成した履歴書を持って所沢工場を訪ねたが、その際にも事務課長が不在であったので、再び前記の牧野福松が応対し、原告の持参した履歴書を預るとともに、採否決定の面接を受けるために同月末日ごろもう一度来社してほしいと述べた。ところで、原告の持参した履歴書には、学歴としては、小学校卒業から高等学校卒業までの事項は詳しく記載されていたが、最終学歴である前記短期大学卒業の事実は全く記載されていなかったし、また、職歴としては、昭和四一年四月から同四四年三月まで静岡大学工学部図書館に勤務し、その後同四四年四月にCOM造形社を設立して現在に至ることが記載されていた反面、株式会社シバソク等に勤務した事実は全く記載されていなかった。
(5) その後、原告の面接日は、原告からの電話による希望と、被告の都合により同年一一月五日に延期され、原告は、同日午前八時すぎごろ、所沢工場に出向いて、被告の面接を受けた。最初に、前記の事務課長西窪治が面接し、前記の履歴書に基づき原告の経歴を確認したところ、原告は、学歴、職歴ともに履歴書に記載したとおり間違いない旨答えた。なお、右面接の際、西窪治は、富士高等学校がいわゆる進学校であることを知っていたので、原告に対し、なぜ大学へ進学しなかったのかと質問したところ、原告は、経済的な事情で進学することができなかったと返答した。その後、所沢工場の事務部長福田金三郎も、西窪治と一緒に、原告を面接した。
(6) 右面接の結果、被告は、原告をオペレーターの臨時従業員として採用することに決め、同日、原告をして、身分、契約期間その他の契約条項の記載された臨時雇用契約書に署名、拇印をさせたうえ、原告と労働契約を締結した。そして、右契約書の契約条項の中には、「会社に提出した身上申告書(特に前職歴事項)に記載してある事項と相違する事実が判明した時」は「被雇用者宛通知の日を以って契約を解除し解雇する」ということが明記されていた。
(7) なお、原告は、後記3の(五)で認定のとおり、原告の経歴詐称が被告に判明した後の昭和五一年八月五日、被告本社の人事部長政村壮一及び所沢工場の事務課長西窪治から、経歴詐称の存否について確認されるとともに、任意退職の勧告を受けたが、その際原告は、学歴を詐称した理由につき、大学卒業者はオペレーターに採用されないことが事前に判っていたので、右労働契約の締結に当り、前記短期大学卒業の事実を秘匿した旨述べている。
以上に認定の事実からすれば、原告は、被告と労働契約を締結するに当り、原告が昭和四一年三月に高等学校を卒業してから昭和四九年一一月五日に右労働契約を締結するまでの約八年七か月間の学歴及び職歴の大部分を詐称したものであり、しかも、その詐称は極めて意識的なものであったといわざるをえない。
(三) ところで、被告は、原告との労働契約の締結前にその真実の学歴を知っていたならば、原告との契約を締結しなかった旨主張しているので、その主張について判断する。
まず、被告が、所沢工場において、百貨店、スーパーマーケット等で買物の包装、収納用に使用する紙袋等を製造しており、その製造に当っては、抗弁1の(三)(1)の(イ)に記載のような構造の印刷製袋機を運転、操作する作業を行なっていたこと、その作業担当者を通常オペレーターと呼んでいたこと、オペレーターの作業の主な内容は右(イ)に記載のとおりであったこと(但し、その作業が特別の知識や技術をそれほど必要としない比較的単純なものであったか否かという点には争いがある。)、オペレーターは、実際の運転経験によりその技術を体得することが必要とされ、その技能は技術指導、習得の過程で逐次伝承されてゆくものであって、これを一応習得するには二年間位の経験を必要としたことは、当事者間に争いがない。そして、これらの争いのない事実と、(証拠略)とを総合すると、次の事実を認めることができる。
(1) 被告会社では、オペレーターの従業員は、本社ではなく、工場で直接採用することにしていたが、オペレーターの作業の前記のような内容及び性格に鑑み、なるべく若い年齢の者、従って学歴の低い者を採用する方が、技能の上達も早いし、職場への定着性も高いと判断して、古くから、人事、労務担当者の申合せにより、オペレーターの従業員にはなるべく低学歴の者を採用する方針を採っていた。すなわち、昭和三五年ごろ以前は、オペレーターの従業員としては、新制中学校卒業以下の学歴の者のみを採用することとし、ただ縁故者に限り例外的に新制高等学校の卒業者も若干名採用していた。昭和三六年ごろ以降は、新制高等学校への進学率が高まり、新制中学校卒業者で就職を希望する者ないしオペレーターの作業に向いている者が減少してきたので、やむをえず新制高等学校の卒業者をも併せて採用することにしたが、しかし、それを超える学歴の者(短期大学または四年制大学の卒業者)は採用しない方針を採っていた。
(2) 被告は、従来から右の方針を厳格に守っており、原告の採用時ないし解雇時においても、所沢工場では、オペレーターの勤務している製造一課から製造四課までの従業員(合計人員約一八〇名、うちオペレーター人員約九〇名)は、一名の例外を除き、オペレーターのみならず、その余の者もすべて、新制高等学校(これに準ずる旧制青年学校等を含む。)卒業以下の学歴の者で構成されており、これは、一般の従業員についてのみならず、工場長、製造部長をはじめ、課長、係長、班長等の役付従業員についても同様であった。そして、例外の一名は、本社採用の技術系従業員(学歴は千葉工業大学工業化学科卒業)であって、本社から派遣されて工場の研究室においてインクのコストダウンを目的とする材料の試験、分析等の特殊業務を担当していたものである。
(3) 以上のような理由から、被告は、従来、公共職業安定所にオペレーターの求人の申込みをする場合には、必ず求人条件としての学歴を新制の中学校または高等学校の卒業者に限定していたものであり、本件の昭和四九年一〇月一六日の求人の申込みの場合も、前記認定のとおり、同様に限定していたものである。因に、本件求人の以前にも、大学卒業者またはその中退者が被告の求人の申込みに応募した先例はあるが、被告は、オペレーターの学歴制限に触れるとして、その採用を断っていた。
以上に認定したところからすれば、被告は、学歴が新制高等学校卒業以下であることをオペレーターの確定的な採用条件としていたものであって、原告との労働契約の締結前にその真実の学歴を知っていたならば、原告との契約を締結しなかったものと推定するのが相当であり、そして、本件の全証拠を検討しても、この推定を覆すに足りる証拠はない(付言するに、原告が労働契約締結時に署名、拇印した前記臨時雇用契約書の契約解除条項中の括弧内の特記事項としては、「特に前職歴事項」とあるだけで、学歴は明記されていない。しかしながら、これは、<人証略>によれば、学歴の制限はオペレーターの求人条件となっており、従って学歴を詐称する者がいるとは予想もしなかったためにすぎないことが認められ、被告が学歴詐称を軽視していたことによるものでないことは明らかである。また、<証拠略>によれば、被告は、本件解雇後の昭和五三年九月ごろ、製品の検査、包装の作業にパートタイマーとしての学生アルバイトを募集していることが認められる。しかし、これはオペレーターの従業員の募集ではないし、しかも、パートタイマーとしての学生アルバイトの募集にすぎないのであるから、何ら右推定を左右するものではない。)。
なお、被告が以上のようにオペレーター従業員の学歴を制限していることに関して、原告は、オペレーターとしては、一般的に高等学校以下の卒業者よりも大学卒業者の方が適格性が高いとか、大学卒業者は局等学校卒業者と同程度以上の学識、能力を有しているから、大学卒業者を高等学校卒業者として採用しても、使用者にとって不都合はないとか、大学進学者が激増している近年の実状から見れば、大学卒業者(特に短期大学の夜間部の卒業者)であっても現場の労働者として不適格とはいえないとか、その他いろいろの理由を挙げて、被告の右学歴制限は不当であり、無意味であるかのごとく主張している。しかしながら、企業者が自己の営業活動のために必要な労働者を採用するに当り、どのような採用方針ないし基準を設定し、学歴その他の資格をどのように制限するかは、法律その他による特別の制限に触れない限り、企業者がその判断と責任において自由に決定しうる問題であって、求職者その他の第三者からの干渉を許さなければならない問題ではない。そして、被告がその判断と責任において設定している前記の学歴制限を違法または不当とすべき法律その他による制限はない。してみれば、原告の右主張は、被告がその判断と責任において自由に決定しうる問題について第三者の立場からこれを批判するものにすぎないというべきであって、仮にその主張内容に求人問題に関する一般論としては首肯すべき点が含まれているとしても、直ちに前記の結論に影響を及ぼすものではない。
(四) さらに、被告は、原告の経歴の詐称は、被告の原告に対する人物評価を誤らしめる重大な経歴の詐称であったと主張しているので、その主張について判断する。
思うに、およそ近代的な労働契約は、労働者が一定の労働力を使用者に提供することを目的とする契約にすぎないのであって、労働者がその全人格を使用者の支配下に置くことを目的とする契約でないことはいうまでもないから、労働契約の締結に当り、使用者が労働者に対して労働力の提供とはあまり関係のない事項について申告するよう求めた場合には、労働者がその申告を拒否したり、その事項に関する正確な事実を申告しなかったりしても、そのことをもって、労働者を非難したり、労働者に不利益を課したりすることは許されない。しかしながら、本件で問題になっている労働者の学歴及び職歴は、労働者の提供する労働力自体の内容、性質、能力等を評価するための重要な要素であるとともに、労働契約締結後の労働条件、労務の配置計画等を決定するための重要な判断資料ともなるものであるから、労働契約の締結に当り、使用者が労働者に対してその学歴及び職歴の申告を求めたり、その調査を行なったりしても、その方法が違法、不当であるなどの特別の事情のない限り、これを違法、不当ということはできない。のみならず、労働者が使用者からそれらの申告を求められた場合には、労働者は、少なくともそのうちの重要な部分については、これを正確に申告する信義則上の義務を負うものというべきである。けだし、労働契約も人間と人間との継続的な契約関係であって、その契約関係の円滑、健全な進展は当事者相互間の信頼関係を無視しては考えられないところ、労働者が労働契約の締結に当り前記のような性格を有するその学歴及び職歴の重要な部分を意識的に詐称するようなことは、契約締結の当初から当事者間の信頼関係を著しく損ねるものであって、信義則上許されないことであるといわなければならないからである。従って、もし労働者がこの信義則上の義務に違反して学歴及び職歴の重要な部分を詐称した場合には、その労働者は、使用者から、その詐称を理由に非難されたり、それ相当の不利益を受けたりしてもやむをえないものというべきである。
しかるに、原告は、被告と労働契約を締結するに当り、前記認定のとおり、オペレーターの確定的な採用条件であった学歴を詐称したのみならず、昭和四四年四月から昭和四九年一〇月までの五年七か月間に及ぶ職歴の大部分をも詐称したものである。すなわち、原告は、右の間に三度も職を変え、その中には単なるアルバイトにすぎないものもあり、その間無職の時期もあったにもかかわらず、これらの事実をすべて秘匿する反面、昭和四九年四月から同年一〇月までの極めて短期間経営したにすぎないCOM造形社なる樹脂造形の事業を昭和四四年四月以来五年数か月間も継続して経営してきたかのごとく申告したものである。しかも、原告による右経歴詐称は、前記認定のとおり、極めて意識的なものであった。そうして見れば、原告による右経歴詐称は明らかに信義則上の義務に違反するものであり、しかも、その内容及び程度は非常に重大であって、被告の原告に対する人物評価、特に信頼性についての評価を大きく誤らしめるに足りるものであったといわざるをえない。そして、このような重大な経歴詐称が事前に発覚していたとすれば、ひとり被告のみならず、その他の使用者であっても、よほど特別の事情のない限り、原告と労働契約を締結して、その従業員として採用することを躊躇したであろうことは明らかである。
(五) なお、原告は、原告が被告に対して学歴及び職歴を詐称したのは、被告の抗弁に対する原告の認否1の(三)の(4)に記載のとおりの理由によるものであったと主張しているので、その主張の当否について考察する。
まず、原告が昭和四四年四月から昭和四八年一月まで株式会社シバソクに勤務していたことは、当事者間に争いがなく、また、(証拠略)によれば、原告は、株式会社シバソクに勤務中の昭和四六年八月一二日、同社の大多数の従業員と共に総評全国金属埼玉地方本部シバソク支部労働組合を結成し、それと同時に、その執行委員の一人(但し、いわゆる組合三役の一人ではなく、平の執行委員三名のうちの一人)に選任されたこと、その後、右組合は、組合員の労働条件の改善を求め、三六協定闘争、秋闘、春闘、年末及び夏季一時金闘争その他において、街頭デモ行進や相当長期間に及ぶストライキなどを含む活発な争議活動を行なったこと、この争議活動は所沢地区ではかなり著明なものであったこと、原告は、昭和四七年九月に執行委員の任期を終了し、その後は、昭和四八年一月に右会社を退職するまで職場の闘争委員などを務めたことを認めることができる。しかしながら、原告が右組合の執行委員(しかも、平の執行委員)であったのは、右に認定のとおり、約一年間(一期)にすぎないし、原告本人尋問の結果によるも、その間原告のみが格別目立つような活動をしたわけではないし、しかも、原告はその後間もなく自己の希望で右会社を任意退職していることが認められる。また、原告は、被告の求人に応ずる以前に他の三社の求人に応募したところ、履歴書に職歴として株式会社シバソクでの勤務の事実を記載すると、ことごとく採用を断わられてしまったというが、それにそう原告本人尋問の結果も、いまだその具体性が乏しいばかりでなく、原告が採用を断わられた理由が右会社勤務のためであったことを裏付けるに足りる確証も存在しない。従って、原告について、被告の求人に応募するに当り、株式会社シバソクでの勤務の事実を秘匿しなければならない程のやむをえない理由があったとは断定しがたい。
しかのみならず、少なくとも被告の本件求人の場合においては、前記認定のとおり、その求人条件としての学歴が新制の中学校または高等学校の卒業者に制限されていたのであるから、原告が株式会社シバソク勤務中に活発な組合運動を行なった前歴があるか否かとか、原告がそのような組合運動歴を被告に知られることを恐れなければならない事情があったか否かとかの点を問題にするまでもなく、原告は、その学歴の点だけからして、被告の求人条件を充していなかったものであり、被告のオペレーターに採用される見込みがなかったものである。しかも、前記認定のとおり、原告は、その学歴が被告の求人条件を充していないことを十分に知っていながら、その求人に応募しているのである。してみれば、原告が株式会社シバソクでの勤務中に行なった活発な組合運動歴を被告に知られることを恐れて、同会社での勤務の事実を秘匿したという原告の主張は、結局、単なる弁解のための主張にすぎないものというべきである。従ってまた、原告が株式会社シバソクに勤務していたことが被告に知られるのを恐れて、原告の短期大学卒業の事実を秘匿したという原告の主張も、右同様、理由のない主張であるといわざるをえない。そして、被告の求人条件としての学歴制限を離れて、原告がその学歴を秘匿しなければならない特別の事情のあったことを認めるべき証拠は存在しない。
さらに、原告のスナック・スワン及び共栄企画での勤務は、いずれもアルバイトにすぎなかったので、これを履歴書に記載するまでもないと考えて記載しなかったという主張自体は、一応首肯することができるとしても、それは、その間に原告がCOM造形社なる樹脂造形の事業を経営していたという虚偽の記載ないし申告をしたことまでを正当化しうるものではない。また、原告は、短期大学在学中昼間は専ら大学図書館に勤務していたので、その職歴だけを記載すれば足りると考え、短期大学卒業の学歴を履歴書に記載しなかったという原告の主張も、前記のとおり求人条件としての学歴制限のある本件の場合においては、結局、単なる言逃れのための主張にすぎないといわざるをえない。
従って、原告の以上の主張は、いずれも採用することができない。
(六) 以上の(一)ないし(五)において検討し、考察したところからすれば、原告については、就業規則第四三条第一六号所定の「経歴を詐り……(被告に)雇用された」という事由があると認めるのが相当である。しかも、原告による経歴の詐称は、その内容及び程度において、その詐称が判明すれば労働契約関係を継続しがたい程の重大なものであったといわざるをえない。
3 因に、被告が原告の経歴詐称を知り、原告に対して懲戒解雇の意思表示をするに至った経緯は、(証拠略)を総合すれば、次のとおりであったと認められる。そして、この認定に反する原告本人尋問の結果の一部は、右各証言と対比して採用することができない。
(一) 昭和五一年二月二五日夕方、所沢市内のスナック・スワン(原告が昭和四八年六月から同年八月までアルバイトとして勤務していた店)において、いわゆる過激派の内ゲバ事件と見られる暴力事件が発生し、テレビや新聞等でも報道されたが、その後間もない同年三月ごろ、警察から電話で被告の所沢工場に対し、同工場に渡辺宜信という者がいるかという問合せがあり、右電話を受けた同工場の事務課長西窪治は、その後も、その電話のことが印象に残っていた。
(二) その後同年七月下旬ごろ、右の西窪治は、たまたま、所沢工場製造三課に勤務するオペレーターの一人から、同工場の従業員の中にスナック・スワンでボーイをしていた者がおり、警察の取調べを受けたこともあるらしいとの噂話を聞き、前記の印象と合せて、原告が右内ゲバ事件に関係しているのではないかとの疑問を抱くに至った。そして、西窪治は、そのころ、所沢警察署にも立ち寄って、原告と右内ゲバ事件との関係を質したが、警察では被告会社に迷惑をかけるようなことはないであろうなどとの答えが得られただけで、右事件の詳しい内容や原告との関係などについては明確な返答が得られなかった。
(三) そこで、西窪治は、同年七月二九日、原告の住民票を取って調べたところ、原告がかつて株式会社シバソク(芝電気測器)の寮に居住していたことのあることが判明した。そのため原告の経歴に疑問を抱いた西窪治は、同日、電話で右会社に、原告が勤務していたことの有無やその経歴を照会したところ、原告が労働契約の締結前に被告に提出した履歴書の記載や右契約締結時の原告の申告に反し、原告は、昭和四四年四月から昭和四八年一月まで右会社に勤務していたことがあり、また、その前に静岡大学工業短期大学部電気科を卒業していることが判明した。
(四) 驚いた西窪治は、同日早速、被告本社の人事部長政村壮一に以上の経過を報告し、同日及び翌三〇日の両日にわたり、善後策について相談した。そして、政村壮一は、それから同年八月四日までの間(なお、この間には所沢工場の従業員の夏季休暇があった。)、人事担当の取締役や工場長、さらには同取締役を通じて代表取締役(社長)等とも協議をした結果、原告による右の経歴詐称は就業規則第四三条第一六号所定の事由に該当し、かつ、右のように重大な経歴詐称のあったことが認められる以上原告の雇用を継続することはできないと判断し、まず原告自身から右経歴詐称の存否を確認したうえ、もしその事実が間違いなければ、原告に対し任意退職(依願退職)を勧告し、もし原告がそれに応じない場合には、就業規則第四二条第四号を適用して、原告を懲戒解雇すべきであるとの結論に達した。なお、この段階においては、原告がかつて共栄企画に勤務していたことはいまだ被告には判らなかった。
(五) ところで、政村壮一と西窪治の両名は、同年八月五日午後三時ごろから、所沢工場の事務所に原告を呼び、直接原告から経歴詐称の存否について質したところ、原告は、その学歴及び職歴を前記のとおりに詐称していたことを認め、かつ、学歴を詐称した理由につき、大学卒業者はオペレーターに採用されないことが事前に判っていたので、短期大学卒業の事実を秘匿した旨述べた。そこで、右両名は、その後二時間位にわたり、原告がどうしても任意退職しない場合には、懲戒解雇せざるをえないことになるので、原告の将来のためにも自発的に退職した方がよいなどと縷縷説得して、原告の退職を勧告した。これに対し、原告は、最終的には右勧告を受け入れる態度を示したものの、退職願は翌朝提出したいなどと答えて、帰宅した。
(六) ところが、原告は、翌六日午前八時ごろ、西窪治に対し電話で、退職願を提出することはできないと通告し、さらにその後午前九時ごろ工場の事務所に呼び出されてからも、面接した政村壮一と西窪治の両名に対し、原告を退職させることは不当労働行為になるなどと述べて、退職勧告をかたく拒否する態度を示すに至った。そこで、右両名は、その後さらに一時間位にわたり、原告を説得したが、原告がどうしても翻意しないので、やむをえず原告に対し、あらかじめ用意していた解雇通知書(及び懲戒解雇にあたってという声明書)を交付するとともに、予告手当金一〇万八八八〇円の支払いの提供をして、懲戒解雇の意思表示をした。これに対し、原告は、解雇通知書を一読しただけで、これを右両名に返却して、事務所から退出した。
(七) なお、被告は、念のため、同月九日新宿北郵便局差出しの内容証明郵便をもって、原告に対し、同月六日付で懲戒解雇した旨を通知した。
三 原告を懲戒解雇したという被告の主張に対し、原告は、種々の理由を挙げて、その解雇の効力を争っているので、次に原告のこれらの主張の当否について判断する。
1 経歴詐称と懲戒処分
まず、原告は、労働契約締結時に生じた事由にすぎない労働者の経歴詐称自体を理由とする懲戒処分は許されない、仮に労働者の経歴詐称を理由とする懲戒処分が許されるとしても、その経歴詐称のために、労働者の債務の履行に著しい障害が生じるなどして、使用者の業務の遂行に現実的かつ具体的な支障が生じる場合でなければ、その懲戒処分は許されないと主張している。
しかしながら、本件の場合のごとく、労働契約締結時の就業規則に労働者の経歴詐称を懲戒事由とする旨の明文の規定があり、さらに、労働者が契約締結時に署名した労働契約書にも、経歴詐称を解雇事由とする旨の明文の契約条項があったにもかかわらず、労働者が意識的にその経歴を詐称して労働契約を締結したものであり、しかも、その経歴詐称が、経歴の重要な部分にわたるうえ、使用者の提示した求人条件にも触れるなど、使用者が労働契約の締結前に労働者の真実の経歴を知っていたならばその契約を締結しなかったであろうと認められる程の重大なものである場合には、それが労働契約締結時に生じた事由にすぎないものであっても、また、その経歴詐称のために、労働者の債務の履行に著しい障害が生じるなどして、使用者の業務の遂行に現実的かつ具体的な支障が生じる場合でなくても、使用者は、その経歴詐称を理由として労働者を懲戒処分することができるものと解するのが相当である。けだし、すでに述べたとおり、労働契約関係のような継続的契約関係の円滑、健全な進展は当事者相互間の信頼関係を無視しては考えられないところ、労働者による右のような意識的かつ重大な経歴詐称の背信性は、それが労働契約関係の将来に及ぼす影響から見て、これを契約締結後に行なわれる労働者の各種背信行為のそれと区別して取り扱わなければならない実質的な理由はないのみならず、右のような意識的かつ重大な経歴詐称が判明した場合においても、すでに契約が締結されている以上、使用者がこれを黙過しなければならないとすれば、経歴詐称による契約の締結もそれが成功すれば是認されるかのような不当な結論を肯定することになるとともに、使用者は従来行なってきた従業員の採用方法やその配置計画等に重大な検討、変更を加えることを余儀なくされ、ひいては企業秩序の全体にも少なからぬ影響を受けることになりかねないからである。他方、右のような意識的かつ重大な経歴詐称によって労働契約を締結した労働者は、その契約締結の当時から将来経歴詐称を理由とする懲戒処分を受けるかもしれないことを十分に覚悟していたものというべく、従って、後日その経歴詐称が発覚した場合に使用者からそのことを理由にそれ相当の懲戒処分を受けたとしても、格別不測かつ不当な不利益を受けたことにはならないというべきであるからである。
なお、労働者の意識的かつ重大な経歴詐称によって労働契約が締結された場合には、使用者からの錯誤による意思表示の無効の主張または詐欺による意思表示の取消しの主張等の許されることがあるとしても、それと選択的に、使用者による懲戒処分を認めることは格別不都合なことではないというべきである。
従って、少なくとも本件のような経歴詐称については、原告の前記主張は採用することができない。
2 不当労働行為の抗弁
次いで、原告は、被告の原告に対する懲戒解雇は不当労働行為であると主張しているので、その主張の当否について検討する。
まず、原告が株式会社シバソクに勤務中同社の他の従業員と共にその主張のような労働組合を結成したこと、原告が右組合結成と同時にその執行委員の一人に選任され、その任期終了後も右会社退職時まで職場の闘争委員などを務めたこと、右組合が各種の闘争において街頭デモ行進、長期間のストライキなどを含む活発な争議活動を行なったこと、その争議活動が所沢地区ではかなり著名であったことは、前記の二の2(五)において認定したとおりである。また、原告が昭和五〇年三月一日被告の正規従業員になると同時に被告の従業員で組織する全国金属産業労働組合同盟埼玉地方金属スーパーバッグ支部に加入し、同年九月ごろ製造一課の職場の職場委員に選出されたことは、当事者間に争いがなく、そして、(証拠略)を総合すると、原告が右職場委員に選出された後右職場において活発な組合活動を行なっており、昭和五一年春には代議員にも選ばれ、組合大会等においてしばしば発言していたこと、右組合の役員改選の選挙が昭和五一年八月五日に公示されたこと(投票日は同月一九日)、右選挙公示の当時右職場の一部において原告を執行委員に推してはどうかという話もあったこと、原告が本件解雇後の昭和五一年一〇月及び同五二年三月にも右組合の代議員に選ばれていることを認めることができる。
しかしながら、本件の全証拠によるも、被告が、昭和五一年八月六日本件懲戒解雇の意思表示をした当時、原告の株式会社シバソク勤務中における組合活動の状況を知っていたこと、被告がそのころ原告の被告会社における組合活動を見て危機感を抱いていたこと、被告が、昭和五一年八月五日公示の組合役員改選の選挙に関して、原告を執行委員に推してはどうかという話のあることを知っていたこと、被告の人事部長政村壮一や事務課長西窪治が本件懲戒解雇の意思表示の際に、原告に対し、原告の学歴が問題なのではなく、その株式会社シバソクでの組合活動歴が問題なのであるなどと話したことなどの事実を確認するに足りる証拠はない(なお、これらの点に関する原告本人尋問の結果は、その内容が不明確であるのみならず、<人証略>に照らして、採用することができない。)。
従って、被告が原告を懲戒解雇した真の理由が、原告の主張するように、原告が株式会社シバソク勤務中に活発な組合運動を行なった経歴を有することや、原告が被告会社においても熱心な組合活動を行なっていたことなどを嫌忌して、原告を被告会社から排除し、その組合活動を封じようとすることにあったものとは認めがたい。むしろ、前記二の3で認定した本件懲戒解雇の意思表示の経緯に照らして考察すれば、被告は、形式的にも、実質的にも、原告の経歴詐称自体を問題にし、これのみを理由として、右懲戒解雇の意思表示をしたものと解するのが相当である。
そうすれば、本件懲戒解雇が不当労働行為であって無効であるという原告の主張は採用することができない。
3 懲戒権濫用の抗弁
さらに、原告は、被告の原告に対する懲戒解雇は懲戒権の濫用であると主張しているので、その主張について判断する。
ところで、被告の就業規則第四二条が懲戒処分として譴責、減給、停職懲戒、解雇の四種の処分を定めていること、そのうち解雇が最も重い処分であること、原告が被告との労働契約締結後約一年九か月間オペレーターの業務に従事していたことは、当事者間に争いがなく、また、(証拠略)によれば、原告の被告会社での勤務状況については格別取り上げるべき問題のなかったことが認められる。
しかしながら、前記の二の2及び3で認定した事実関係を総合して考察すれば、被告が原告をその経歴詐称を理由に懲戒解雇したことはやむをえないものであったというべく、これをもって懲戒権の濫用と解することはできない。従って、原告の右主張も採用することができない。
四 以上において検討し、考察したところを総合して判断すると、被告が昭和五一年八月六日原告に対してなした懲戒解雇の意思表示は、これを無効とすべき理由はないから、その本来の効果を生じたものというべく、従って、原告は、その翌日である同月七日以降、被告との労働契約に基づく従業員としての地位及び権利を失ったものといわなければならない。
五 よって、原告の本訴請求は、その理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九八条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 奥村長生)